問われる"格闘技を語る側"の責任 パトリック・武田光司・北岡悟・BD騒動

格闘技界で、また格闘技インフルエンサー・ジョビンをめぐる騒動が話題になっている。
今回、火種となっているのは宇佐美正パトリック 選手との一件だ。
RIZIN.53で雑賀"ヤン坊"達也選手を1R KOで下し、ライト級戦線で再び存在感を示したパトリック。
その勢いある勝利の直後に、ジョビンの発信をめぐってSNS上で新たな波紋が広がった。
もちろん、選手の発言や振る舞いに対して、格闘技系YouTuberや評論する立場の人間が意見を述べること自体は悪いことではない。
格闘技は、試合内容だけでなく、会見、マイク、SNS、選手同士の因縁まで含めてファンが追いかけるジャンルでもあるし、楽しみ方でもある。
ただし、問題はその扱い方だ。
ジョビンは元DEEPフェザー級チャンピオンであり、格闘技をよく知る人物でもある。
だからこそ、単なる野次馬的な切り取りや、選手の感情をさらに煽るような発信ではなく、選手や関係者への一定の敬意が求められると思う。
パトリックはRIZIN.53で結果を出した。
雑賀との打ち合いの中で強烈な左を打ち抜き、最後はサッカーボールキックにつなげて試合を終わらせた。
ライト級で再び存在感を示したこの勝利は、本来もっと競技面で語られるべきものだ。
それにもかかわらず、試合後の周辺騒動ばかりが大きくなるなら、それは選手にとっても、格闘技界にとっても健全とは言い難い。
そして、ジョビンをめぐるトラブルは今回が初めてではない。
今年2月には、BreakingDown19のオーディション内容に関する情報漏洩をめぐり、大きな問題となった。
ジョビンは自身のメンバーシップ限定配信内で、未公開だったBreakingDownのオーディション内容に関する情報漏洩があったとして謝罪。
そのうえで、BreakingDown側から3000万円の損害賠償請求を受けたと明かしている。
これは単なるネット上の炎上ではない。
格闘技イベントの運営、映像制作、配信ビジネス、選手のプロモーション、そのすべてに関わる問題だった。
BreakingDownのオーディションは、ただの舞台裏ではない。
本編動画として公開され、視聴数や話題性を生み、興行全体の価値を作る重要なコンテンツでもある。
そこで未公開情報が外部に出ることは、運営側にとって大きな損害につながりかねない。
もちろん、3000万円という金額の妥当性については、最終的には当事者間、あるいは法的な場で判断されるべきものだ。
しかし少なくとも、ジョビン自身が情報漏洩について謝罪している以上、「知らなかった」「軽いノリだった」だけで済む話ではない。
さらに、武田光司選手との確執もあった。
武田はRIZIN、DEEPで実績を積んできたトップファイターだ。
その武田が、佐藤将光選手とジョビンについて語った企画が公開され、SNS上でも「ジョビンとの確執」として注目を集めた。
なかでも印象的だったのは、武田がジョビンに対して強い怒りをぶつけるというより、「好きでも嫌いでもない、無関心」という距離感を示したことだ。
これは、ある意味でかなり重い。
怒っているなら、まだ相手に感情が残っている。
嫌いなら、まだ関係性の中にいる。
だが「無関心」と言われるということは、選手の人生やキャリアにとって、もはや関わる価値のない存在として見られているということでもある。
格闘技を語る側の人間が、本来語るべきでない立場の選手からそう見られてしまうのは、至るまでに相当な葛藤や憤りがあったのではないだろうか。
北岡悟選手との件も同じだ。
DEEPの場でジョビンにグラップリングマッチのオファーがあったとされ、その相手が北岡悟ではないかと話題になった。
しかし、ジョビンはそのオファーを断った。
これに対して、一部のファンの間では「逃げたのではないか」という声が出た。
もちろん、試合を受けるかどうかは本人の自由だ。
年齢、コンディション、契約、リスク、ギャラ、現在の活動方針。
プロとして、受けない判断をすること自体は否定されるべきではない。
ただ、問題はそこではない。
普段から選手に対して厳しい言葉を投げる人物が、自分に向けられた勝負の場になると受けない。
その構図が、ファンの間で違和感を生んだのだ。
人を斬るなら、自分も斬られる覚悟があるのか。
選手を批評するなら、自分の言葉にも責任を持っているのか。
そこが問われた一件だった。
ジョビンの発信には、たしかに面白さがある。
お笑い芸人出身とだけあって、軽妙な語り口、
歯に衣着せぬ物言い、独自の視点、格闘技ファンの感情を代弁するような切り口。
それが支持されてきた部分もあるだろう。
正直私はやりすぎコージーを視聴していた世代なのであの頃の雰囲気で間を空けずにお笑い風に喋ってるだけやんと思いますが。
しかし、面白さと無責任さは違う。
選手をいじることと、選手への敬意を失うことも違う。
裏側を語ることと、守るべきラインを越えることも違う。
パトリック、武田光司、北岡悟、BreakingDown。
一つひとつの出来事は別々でも、そこに共通して見えるのは、ジョビンの発信がたびたび選手や関係者との摩擦を生んでいるということだ。
格闘技は、強い言葉が飛び交う世界だ。
因縁もある。
挑発もある。
怒りもある。
それが興行を熱くすることもある。
だが、選手が人生を懸けて積み上げてきたものを、外側から雑に消費していいわけではない。
選手は試合でリスクを背負っている。
負ければ評価が下がる。
怪我をすることもある。
キャリアが止まることもある。
それでもケージやリングに立っている。
一方で、語る側は言葉で注目を集めることができる。
だからこそ、その言葉には責任が必要だ。
今回のパトリックとの騒動だけを見れば、また一つのSNS上の揉め事に見えるかもしれない。
しかし、BreakingDownの情報漏洩問題、武田光司との確執、北岡悟戦オファーを断ったことで生まれた批判まで並べて見ると、単なる偶発的な炎上では済まされない。
問われているのは、格闘技を語る側としての姿勢そのものだ。
格闘技を盛り上げる発信と、格闘技を消費するだけの発信は違う。
選手の価値を伝える批評と、選手を騒動の材料にする発信も違う。
元格闘家として、格闘技を知る者として、そして多くのファンに影響を与える発信者として。
自分の言葉がどこまで届き、誰を傷つけ、何を壊す可能性があるのかを、改めて考える必要があるのではないか。
今回の騒動は、単なる個人間の揉め事ではない。
格闘技界における発信者の責任を、改めて突きつける出来事になっている。
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