MMAはなぜヨーロッパで嫌われたのか “禁止”の時代を越えて巨大市場になるまで

満員の観客がフランス国旗を掲げ、選手の名前を叫ぶ。
現在のUFCパリ大会を見ていると、フランスで長年にわたって一般的なプロMMAルールによる大会を開催できなかったとは想像しにくい。
2022年に行われたフランス初のUFC大会には1万5405人が来場し、チケット収入は340万ユーロを超えた。
大会は熱狂的な盛り上がりを見せ、パリは短期間でUFCにとって重要な開催地の一つとなった。
しかし、フランスでMMAが正式に認められたのは2020年。
わずか数年前まで、選手は母国でケージやグラウンド打撃を採用した一般的なプロMMAルールの試合を行うことができなかった。
なぜヨーロッパの一部の国では、MMAがこれほど警戒されたのか。
そこには単なる「競技が危険だから」という理由だけではなく、ケージに対する嫌悪感、既存のスポーツ団体との対立、興行と犯罪組織を巡る疑惑、公的な認可や競技連盟による管理を重視する、各国のスポーツ統治制度があった。
フランスが拒んだのは「倒れた相手を殴る競技」
フランスではMMAの練習自体が犯罪だったわけではない。
国内には以前からジムがあり、多くの選手がMMAを学んでいた。
しかし、一般的なプロMMAルールによる大会は認められていなかった。
特に強い抵抗を受けたのが、グラウンド状態の相手への打撃とケージの使用だった。
立っている選手同士が殴り合うボクシングは認められている。
それにもかかわらず、グラウンド状態の相手を殴るMMAは残酷だと見なされた。
競技に詳しい人間から見れば、寝技やレフェリーストップを含むルールの一部である。
しかし、初めて見る人にとっては、倒れた人間を金網の中で攻撃する光景にしか見えなかった。
MMAが「スポーツ」ではなく「暴力的な見世物」として受け取られていたのである。
2016年に定められた規則では、グラウンド状態の選手への打撃が禁止され、試合エリアもマットまたはロープを張ったリングに限定された。
MMAという名前を直接禁止しなくても、競技を成立させる主要な要素を封じれば、本来の大会は開催できない。
そのためフランス人選手は、プロとして本格的に活動する場合、国外へ出て戦う必要があった。
状況が変わったのは2020年だ。
2020年、フランス政府はMMAを正式に認め、フランスボクシング連盟の管理下で競技制度を整備する方針を決めた。
指導者資格、選手登録、医療体制、審判制度などを整備することで、ようやく大会開催への道が開かれた。
危険性が突然なくなったわけではない。
禁止によって競技を外へ追いやるのではなく、ルールや医療体制を整え、公的な管理の中へ置く方向へ転換したのである。
格闘技大国オランダで、自治体が大会を締め出した理由
オランダは世界的な格闘技大国として知られている。
日本の格闘技を見てきたファンにとっても、アーネスト・ホースト、ピーター・アーツ、アリスター・オーフレイム、バス・ルッテンといったオランダ出身の選手は身近な存在だ。
それだけに、「オランダでは、一部の自治体がフルコンタクト格闘技大会を締め出した時期がある」という話は奇妙に聞こえる。
ただし、オランダで問題になったのは、MMAという競技そのものではなかった。
2010年前後、複数の格闘技イベントで暴力事件が発生し、一部のプロモーターや大会関係者と犯罪組織とのつながりも疑われた。
警察からは、格闘技イベントが裏社会の関係者が集まる場所になっているとの厳しい見方も示された。
そこでアムステルダムなどの自治体は、大型のキックボクシングやMMAイベントに許可を出さない方針を取った。
規制の理由は、ケージの中で選手が殴り合うことだけではない。
会場の外側にある興行の資金、人脈、治安が問題だった。
つまりオランダでは、競技が危険だから排除されたというより、統一的な監督が弱く、一部の興行を巡って治安や資金の透明性への懸念が強まったことで、格闘技業界全体の社会的信用が揺らいだのである。
その後、オランダでは競技を再び公的な管理の中へ入れる動きが進んだ。
現在は、競技団体や自治体と連携してキックボクシング、ムエタイ、MMAを監督する「オランダ格闘技機構」が設けられ、デジタル式のファイトパスポートやジムの認証制度が運用されている。
オランダの歴史は、格闘技が人気と実力だけでは社会から認められないことを示している。
強い選手を育てる文化があっても、興行を健全に運営する仕組みがなければ、大会そのものが締め出されることがある。
練習はできてもフルコンタクトMMAを母国で開催できないノルウェー
フランスがMMAを受け入れ、オランダが管理制度を整えた一方、現在も大きな壁が残る国がある。
ノルウェーだ。
ノルウェーでは、ノックアウトを認める格闘技の大会を開催するために国の承認が必要となる。
ボクシングやキックボクシングなどは、医療体制や安全規則を整えることで承認を受けている。
しかし、通常のフルコンタクトMMAは必要な承認を得られていない。
そのため、MMAを練習することや選手になることは禁止されていないが、現在もフルコンタクトMMAは継続的な承認を得ておらず、一般的なプロルールによる大会を通常開催することはできない。
選手は存在する。
ジムもある。
ファンもいる。
それでも、プロとして戦うためには国境を越えなければならない。
この状況は、MMAが単純に違法とされている場合よりも複雑だ。
競技そのものを名指しで禁じるのではなく、国が求める安全基準を満たした競技として承認されていないからである。
ケージの扉を閉じているのは、禁止法ではなく、認可制度だ。
ドイツで禁止されたのはMMAではなくテレビ放送
「MMA禁止」という言葉が、実際とは異なる意味で広まった例もある。
ドイツでは2010年、バイエルン州メディア当局が、テレビ局Sport1に認めていた「The Ultimate Fighter」「UFC Unleashed」「UFC Fight Night」の放送許可を取り消した。
理由は、激しい暴力描写が青少年の成長に悪影響を与えるおそれがあるという判断だった。
これによって「ドイツでUFCが禁止された」と報じられたが、国内でMMA大会を開くこと自体が禁止されたわけではない。
規制の対象はテレビ放送だった。
UFC側はこの決定を争い、長期間にわたる裁判の末、2024年にはバイエルン行政裁判所が改めて当局の決定を違法と判断した。
メディア当局は2025年に上訴申請を取り下げている。
フランスでは競技ルール、オランダでは興行の運営、ノルウェーでは国の認可、ドイツではテレビ放送。
同じ「禁止」という言葉で語られても、実際に閉ざされていた扉は国によってまったく異なっていた。
ヨーロッパは格闘技を嫌っていたわけではない
ヨーロッパにはボクシング、レスリング、柔道、空手、キックボクシングなど、長い歴史を持つ格闘技文化がある。
それでもMMAが簡単には受け入れられなかったのは、格闘技そのものを嫌っていたからではない。
既存競技には連盟があり、資格を持つ指導者がいて、選手登録や医療検査の仕組みがあった。
少なくともフランスやオランダでは、MMAやキックボクシングの業界が複数の団体に分かれ、公的なスポーツ制度との接点が弱かった。
さらに、金網、流血、グラウンド状態の相手への打撃、派手な挑発といった演出が、競技への不信感を強めた。
一部の国や自治体の行政から見れば、MMAはルールがない競技だったのではない。
誰が責任を負い、誰が選手を守り、誰が危険な大会を止めるのかが見えない競技だった。
だからこそ、社会に受け入れられるために必要だったのは、競技の魅力を訴えることだけではなかった。
医師、審判、指導者、プロモーターを含めた管理体制を作り、MMAがスポーツとして運営できることを証明する必要があった。
制度が整うと、眠っていた市場が一気に姿を現した
フランスの変化は象徴的だ。
長年大会を認めなかった国が、制度を整えた後には、UFCの会場を満員にする巨大市場となった。
これは、MMAへの需要が合法化によって突然生まれたわけではないことを示している。
選手もファンも、以前から存在していた。
ただ、表に出るための舞台がなかった。
禁止や規制によって見えなくなっていた熱が、開催を認められた瞬間に一気に噴き出したのである。
ヨーロッパにおけるMMAの歴史は、アメリカで生まれた新しい競技が、そのまま受け入れられていった歴史ではない。
倒れた相手への打撃やケージの使用を理由に競技性を疑われた国もあれば、興行と犯罪組織との関係を問題視された地域もあった。さらに、既存のスポーツ制度の中にMMAを管理する組織がなかったため、大会を開けなかった国もある。
現在では、フランスをはじめ多くの国でMMAが正式に認められ、大規模な大会も開催されている。かつて危険な見世物とみなされた競技は、アリーナを満員にし、各国を代表するスター選手を生み出すスポーツへと変わった。
ただし、ヨーロッパ全域で同じ環境が整ったわけではない。
ノルウェーではMMAの練習や選手活動は認められているものの、通常のプロルールによる大会は必要な承認を得られていない。スウェーデンのように、頭部への打撃を伴う大会へ厳しい許可制度を設けている国もある。
つまり、現在の争点は「MMAをスポーツとして認めるか」という段階から、「どのような安全基準と管理体制で開催を認めるか」という段階へ移っている。
多くの国では、MMAはすでに競技として受け入れられた。
しかし、その受け入れ方や大会開催までの条件は、今も国によって大きく異なっている。

