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強さだけではリングに立てない 格闘技興行を支えるチケット手売り文化の光と影

EasyFight運営
強さだけではリングに立てない 格闘技興行を支えるチケット手売り文化の光と影

試合が決まると、選手のSNSに同じような投稿が並ぶ。

「チケットを購入してくださる方はDMをお願いします」

格闘技ファンにとっては見慣れた光景だ。
選手から直接チケットを買い、会場で声援を送る。
売り上げの一部が選手の収入になる場合もあり、応援する側にとっては「自分のお金が選手に届く」という実感を得られる。

しかし、別の見方をすれば奇妙な仕組みでもある。

選手は試合に向けて技術を磨き、減量を行い、負傷のリスクを背負う。
その一方で、知人や職場の同僚に連絡し、代金を回収し、チケットを受け渡さなければならない。

格闘家は競技者であると同時に、興行の営業担当者でもあるのだ。

現在も残る「選手から買う」という販売経路

チケットの手売りといっても、すべての団体や選手が同じ条件で販売しているわけではない。

選手がチケットを預かり、売れた分の一部を受け取る場合もあれば、一定額を超えた売り上げが報酬になる場合もある。
ファイトマネーの代わりにチケットを渡されるケースや、売れ残った分を選手や所属ジムが負担するケースも語られてきた。

その契約内容は団体、ジム、選手の立場によって異なり、「手売り」という一言だけでは実態を説明できない。

ただし、選手や所属ジムを通じた販売経路は現在も残っている。
2026年3月の「DEEP OSAKA IMPACT」では、イープラスと並んで「各出場選手所属ジム」が公式のチケット販売所として記載された。
その販売実績が選手の報酬へどう反映されるかは公表されていない。
一方、同年のPANCRASEではオンラインサービスのMORE TIGETを販売窓口としており、日本の格闘技界でも、公式オンライン販売を中心とする方式と、選手・所属ジム経由の販売を併用する方式が、団体ごとに存在している。

ボクシングでは、選手別のページから観戦券を購入できる「ボクシングチケットドットコム」も運営されている。
2026年6月時点で登録選手は780人と表示され、チケット販売だけでなく、選手へ直接送るオンライン激励賞にも対応している。
かつての紙の束を抱えた手売りが、選手を指定して購入するオンライン販売へ形を変えつつある。

ファイトマネーとチケットが近すぎる日本ボクシング

日本ボクシングコミッションの選手統一契約書では、ファイトマネーを「選手とプロモーターとの間で締結された契約書上の純然たる試合報酬」と定義し、マネージメント料はその33.3%を超えられないとしている。

一方、契約書とは別に、実際の興行現場ではファイトマネー相当額をチケットで渡し、選手が販売して収入を得る慣習が長年存在してきたと、元選手や業界関係者が証言している。

仮に額面10万円分のチケットを渡され、その販売代金がそのまま選手の取り分になる契約でも、完売しなければ10万円の収入は得られない。
半分しか売れなければ手元に残る金額も減る。
契約によっては、売れ残りが収入減に直結する。
さらに買い取り義務まで課されていれば、選手やジムに自己負担が生じる。

つまり、選手に支払うはずの報酬と、興行が負うべき販売リスクが混ざり合ってしまう。

海外にも存在する「ticket seller」

手売り文化は日本だけの特殊な慣習ではない。

英国の小規模ボクシング興行では、観客を呼べる選手を「ticket seller」と表現することがある。
テレビ中継のない興行では、プロモーターの広告よりも、出場選手が持つ地元の人間関係が集客の中心になるからだ。

英国のプロボクサー、ダン・モーリーは、自身の経験として、小規模興行の選手は対戦相手やプロモーターにかかる費用を賄うため、まず60枚から70枚以上を販売する必要があり、売り上げが一定額を超えて初めて利益が生まれると説明している。
試合延期による返金と再販売を経験したデビュー戦では、最終的に手元に残ったのは300ポンドだったという。

英国では、戦績や技術が優れていても、地元で数十枚しか売れない選手は試合機会を得にくいと指摘されてきた。
同程度の実力であれば、より多くの観客を呼べる選手がプロモーターにとって起用しやすい構造がある。

強い選手が起用されるのではなく、「強く、なおかつ売れる選手」が優先される構造である。

2025年には「売れなければ無給になる」と訴えた選手も

米国でも一部の地域格闘技興行では、選手別の販売実績を集計し、報酬やコミッションへ反映する仕組みが使われている。

2025年12月には、BKFCに出場したフリオ・ペレス・ロドリゲスが、普段20枚から30枚を販売していた知人に約20枚のチケットを預けたが、試合前日に返却され、手元に多数の売れ残りを抱えた。
本人は、チケットを売り切れなかったため報酬を得られず、「無料で戦うことになる」と訴えた。

これは選手本人の説明であり、契約の全容が公表されたわけではない。
それでも、チケット販売の結果によって、選手が試合報酬を失い得る構造が現在の海外興行にも残っていることを示す事例となった。

試合に出るために練習費や交通費に加え、契約によっては医療検査費なども負担し、仕事を休み、数週間のキャンプを行う。
そこからチケットが売れなかったという理由で報酬まで失えば、選手が負うリスクはあまりにも大きい。

なぜ手売りはなくならないのか

それでも手売りが続くのは、単純に格闘技界が古いからではない。

小規模興行では、会場費、リングやケージの設営費、照明、音響、スタッフ、審判、医療体制、対戦相手の報酬などが必要になる。
これらの多くは、チケットが売れる前から発生する固定費である。

さらに、地域興行では団体そのものより、出場選手に観客が付いていることが多い。

Aという大会を見たい人ではなく、「友人が出るから行く」「同じジムの選手を応援したい」「地元の後輩がプロデビューするから見に行く」という観客が会場を埋める。
選手が10人の観客を連れてくれば、20人出場する大会では単純計算で200人になる。

広告費をほとんど使えない興行にとって、選手の人間関係は最も確実な販売網なのである。

手売りによって、無名だった選手が固定ファンを獲得することもある。
チケットを直接渡し、試合後に感想を聞き、次の大会にも来てもらう。
こうした関係の積み重ねが、後援会やスポンサーにつながるケースもある。

手売りには、単なる販売を超えたファンコミュニティー形成の役割がある。

問題は「売ること」ではなく「誰がリスクを負うか」

選手が自分の試合を宣伝すること自体は悪いことではない。

現在のスポーツ選手には、SNSの発信力やファンとの関係づくりも求められる。
チケットを多く売った選手が追加報酬を受け取る仕組みも、正しく設計されていれば合理的である。

問題になるのは、チケット販売が任意の収入増加策ではなく、試合報酬を受け取るための条件になった場合だ。

売れなければ報酬がゼロになる。

売れ残ったチケットを自腹で買う。

販売枚数が少ないため、実力とは関係なく試合を組んでもらえない。

こうした条件では、選手は興行に出演する競技者でありながら、興行側が負うはずの販売リスクの一部まで引き受ける立場になってしまう。

特に問題なのは、減量や追い込みの時期と販売活動の時期が重なることだ。
選手は体重を落としながら、数十人にメッセージを送り、入金を確認し、座席を調整し、キャンセルに対応する。

断られるたびに別の知人へ声をかけなければならず、同じ人に年に何度も購入を頼めば、人間関係そのものが消耗していく。

紙の手売りから「選手を指定する販売」へ

海外では、この文化をなくすのではなく、デジタル化する動きも進んでいる。

格闘技向けチケットサービスのNitro Ticketsでは、購入者が応援する選手を画面上で選択でき、その選手を経由した売り上げを自動的に記録する。
電子チケットはメールやSMSで送られ、プロモーターは選手別の販売枚数と売り上げを確認できる。

この方式なら、選手が紙のチケットを保管したり、現金を回収したりする必要はない。
ファンは遠方からでも選手を指定して購入でき、プロモーターも誰がどれだけ集客したのかを正確に把握できる。

ただし、販売方法がデジタルになっただけでは問題は解決しない。

紹介コードを使っても、売れなければ無給という契約なら、負担の本質は紙の手売りと変わらないからだ。

残すべきは応援のつながり、変えるべきは報酬制度

手売り文化を全面的になくせば、小規模興行の多くは運営が難しくなるだろう。

一方で、選手にチケットの束を渡し、売れなければ自己負担とする方式を続ければ、競技に集中できるのは、大きな後援会や経済的に余裕のある環境を持つ選手だけになってしまう。

必要なのは、手売りの廃止ではなく、販売と試合報酬を分離することではないか。

試合に出場した選手には、最低限の報酬を現金で保証する。
そのうえで、選手経由の販売枚数に応じてコミッションや集客ボーナスを加える。
売れ残ったチケットの買い取りを強制せず、購入者がオンラインで応援する選手を指定できるようにする。

興行側も、ポスターや短い紹介動画、SNS用の画像、販売ページを用意し、宣伝を選手だけに丸投げしない。

選手がファンを連れてくることは、格闘技興行の大きな魅力である。

しかし、リングに上がる人間が、チケットを売れなかったという理由だけで無給になる仕組みまで文化として守る必要はない。

残すべきなのは、選手と観客が直接つながる温かさだ。

変えるべきなのは、その関係に興行の赤字と選手の生活まで背負わせてしまう構造である。

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